起承転結
ヴァイオリンを長年弾いていると、たまに「始めてから何年ですか?」という質問をされることがある。頭の中をぐるぐるっと回転させて計算すると、あまりの年数が経っていて、ここ最近は毎回ギョッとする。
そのような私が、どんどん面白く感じていることがある。音楽の起承転結のことだ。
ヨーロッパ発祥のクラシック音楽は、言語が日本とは異なる地域から生まれたもの。そのため、聴く面でも弾く面でも、近づくための手がかりが、少し見つけにくいかもしれない。
ところが、大体のクラシック音楽は起承転結(に近いもの)があるので、そこは日本語で何かの文章を読む時と同じ(諸説あるかもしれないけれど、多くの曲で私はそう感じる)。このあたりを掴んでおくと身近に感じられると思う。
分かりやすいのは、ベートーヴェン以降の交響曲やソナタ(二重奏ソナタも含む)、三重奏曲(トリオ)、四重奏曲(カルテット)、協奏曲(コンチェルト)などの1楽章によく使われる「ソナタ形式」。
①まずは「起」に当たる主要主題(テーマ)が示される。要するに、映画やドラマで流れる、メインテーマみたいなものである。
テーマというのをもっと細かく聴く/弾く(または楽譜を見る)と、モチーフが見えてくる。モチーフというのは約2〜6音ほどで作られる音型のことで、リズムや音の距離などで表現される単語や熟語のようなもの。型で表現されるという点では、判子や鍵、印(マーク)のようなものとも言える。モチーフにはその作曲家の個性が出るので、その人の作った他の曲にも同じモチーフが見つかる場合が多い。本人好みのモチーフのために頻繁に使っている例や、たまたま感覚で同じモチーフになったような列、または自分や恋人などのイニシャルを音符に変換してモチーフにしていることが分かっている例、などがある。
本の世界でも、ある作家がいろんな作品に共通して登場させる単語やセリフがあったりしますよね?その作家のファンとしては、それが出てきたのを見つけると嬉しい。音楽でも、好きな作曲家の曲でお決まりのモチーフを見つけると、やっぱり嬉しい。
②その後新たなモチーフが散りばめられた副主題がやってきて、そこが「承」。主要主題とはキャラクターが異なる事が多い。副と呼んではいるけれど、どちらも大切なテーマなので、それを対比してみると面白い。大概のソナタ形式は、この部分の終わりの小節にリピート記号が置かれていて、そこまでをもう一度冒頭から繰り返すように楽譜上で指示される。ただ、正式には繰り返すのが作曲家の望みだろうけど、演奏家の判断に委ねられてリピートしない事も結構ある。
③次に来るのは展開部で「転」。
モチーフは主要主題と副主題から引き継がれていたりするけれど、それらが混ざっていたり、対比させていたりで、調性(キー)もコロコロと移り変わって、小さい単位でいろいろと変化していく場面。調性や和声の変化を色に例える事があるけれど、水彩や油彩、奇抜な原色や淡いパステルなど、どのイメージに近いかなと想像を膨らませると入りやすい。音楽に深みを与えるところで、音量も含めてドラマティックな内容が繰り広げられることが多い。混沌としているので、嵐、冒険、まどろみなどの世界感に近いだろうか。この場面がどのように収束して次の再現部へ向かうのか、というのも見どころ。
④そして、その再現部が現れ、主要主題と副主題が戻ってくる。ここら辺は目印になりやすく、普段の生活で「前にこんな天気の日があったな」なんて思う時のようにさり気なく主要主題に戻ることもあれば、凱旋しているような感じでバーンと派手に帰ってくることもある。だんだんと光が差してくるような、幻想的な戻り方もある。
そこにコーダ(結尾部。曲を閉じるための部分)がくっけられて、ソナタ形式は終わる。演奏者としての私の感覚だと、名前のとおりコーダが「結」に当たるとも言えるし、再現部からが「結」とも言えるような気がする。
この①〜④が何となく把握できるようになると、音楽の流れが分かるようになってきて、自分がどんな風に音楽を組み立てたいかがイメージしやすいので、練習やテクニック向上への原動力にも繋がる。
名演奏が起こるのは、曲そのものの魅力と演奏者の解釈、それらを表現するためのテクニックや指使い&運弓がバランス良く溶け込み、実現できる環境が揃った時だと思う。
起承転結をあれこれ研究するのは、まるでパズルのピースを探すようで、とても楽しい作業だ。弾く面でも、聴く面でも。
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